第23回 リンパ浮腫の治療とケア
―上肢リンパ浮腫のセルフケア(線維化した皮膚②)―
今号では、前号に引き続き、上肢リンパ浮腫のセルフケア方法についてご紹介します。施術部位や施術に用いる手部の名称、行うタイミング、胸背部や上腕のケアについては前号をご参照ください。
基本的な皮膚の触れ方
皮膚や深部組織(筋膜)に対して直角(垂直)に手指を当てます。皮膚を横ずれさせないように、深部組織に向けて圧がかかるようにします。このとき手の力だけで皮下組織に圧をかけると痛みや不快感、赤みや熱感に繋がりますので、施術する手指は組織の厚みを確認したり(触診)、皮膚に密着、把握する役目に留めます。著者は主にてこの原理と微小な運動を組み合わせて、よりゼロに近い振動からより大きな関節運動までの圧量の幅に変換させながら施術にあたっています。また、腹下の丹田から施術部位に向けて調節するようなイメージで行うと皮膚を傷めずに深部組織までアプローチすることができます。
各部位のポイント
『』内は患者さんにお伝えするときのキーワードになります。早く行うとより表層組織に、ゆっくり行うとより深部組織に刺激が伝わりますので、皮膚の厚みや硬さに合わせて、刺激量を調節してください。
各部位のアプローチ方法
皮膚や深部組織に対して直角に手指を当てます。皮膚を横ずれさせないで、深部に向けて垂直に圧がかかるようにします。施術を始めるとすぐに変化がわかりますので、随時触診で状態の変化を確認しながら行います。深部組織に触れるには、より表層の組織から改善させる必要があります。時間をかけながら、痛みや不快感、赤みや熱感が生じない程度に行いましょう。
行うタイミング
基本的には患肢に対するMLD施術の流れのなかで、線維化が見られる部位も一緒に含めて行います。症状が強く周囲径が大きい場合には、MLD施術前に線維化を緩める手技を行うこともあります。はじめに皮膚表層や肥厚や硬さの見られる部位を緩めておくことで、深部組織内で動きにくくなっている組織液を表層に誘導しやすくなります。
各部位のポイント
『』内は患者さんにお伝えするときのキーワードになります。
早いテンポで行うとより表層に、ゆっくり行うとより深部に刺激が伝わりますので、皮膚の厚みや硬さに合わせて刺激量を調節してください。
各部位のアプローチ方法
今号では主に前腕、手部の線維化をきたし硬さのある皮下組織の緩め方についてご紹介します。組織をそのまま把握するよりも、筋肉の走行や作用を意識して骨を動かす運動を加えながら行うとより効果的に行うことができます。前腕部の屈筋群には手指や手首を曲げる作用が、伸筋群には手指や手首を反らす作用があります。手を身体の内側に回す動きは回内、身体の外側に回す動きは回外になります。
③前腕伸筋群(前号に続く)
『腕の筋肉の境目に親指を当てて、グーパー運動+キラキラ運動』
リンパ浮腫が慢性化すると前腕伸筋群、特に腕橈骨筋や総指伸筋、その周囲の筋群との境目の水分貯留や線維化が顕著になりやすく、腕をたくさん使った日には張り感を自覚しやすい領域でもあります。この領域のより中枢側(肘に近いところ)から始め、徐々に末梢側(手関節側)に移動します。患部に親指の指腹を垂直に当てたまま、グーパー運動(掌握運動)やキラキラ運動(回内・回外運動)を繰り返し行うと、症状が少しずつ緩和されてきます。圧痕の残り具合は、水分貯留の程度の目安になります。一押し目にできた圧痕の指の痕に半分重ねるようにして、二押し目もアプローチしていきます。こうして点と点がいつしか面になり、組織全体の張り感が緩んでいきます(写真1)。
写真1 前腕伸筋群(グーパー運動)
④前腕骨間膜
『前腕の真ん中に親指を当てて、グーパー運動+キラキラ運動』
前腕骨の橈骨と尺骨の間にはお互いを横方向から支え合う筋肉が存在しないため、両骨間の密性結合組織からなる前腕骨間膜(橈尺靱帯結合)を介して連結されています。この領域はリンパ浮腫の発症初期から静脈が見えにくくなったり、皮膚に厚みが見られたりすることがあり、慢性化すると水分貯留や線維化が特に気になりやすい部位でもあります。この部位に生じた組織の硬さを緩めるには、まず前腕骨間に親指の腹を平らに当て、そのまま把握状態を保持したまま、グーパー運動(掌握運動)(写真2)+キラキラ運動(回内回外運動)(写真3)を加えていきます。
写真2 前腕骨間膜(グーパー運動)
写真3 前腕骨間膜(キラキラ運動)
ゆっくり時間をかけるほど深部組織にアプローチすることができます。
⑤手関節
『前腕と手首の間を橋渡しするように四指腹を並べ、ドアノブをゆっくり回す動き』
手関節は、前腕骨(尺骨・橈骨)と手根骨(2列に配列された8個の小さな骨)による関節が靱帯で結合されて構成されています。施術ではこの前腕骨と手根骨の間を橋渡しするように背側に四指腹を並べて置き、掌側から親指の腹で把握します。そのままドアノブを左右に半回転させるようにゆっくりかつ細かく動かします(回内・回外)。こうすると圧のベクトルが手関節の中心部に向き、その柔らかな刺激によって硬さのある皮下組織が次第に緩んできます。さらに手首を親指側へ水平に曲げる動き(橈屈)、小指側へ水平に曲げる動き(尺屈)(写真4)、手首を上に曲げる動き(背屈)、下に曲げる動き(掌屈)、前述のグーパー運動などの動きを加えながら行うと効果的です。
写真4 手関節(撓屈・尺屈)
⑥手の骨間
『手の骨と骨の間に指の腹を並べて、ゆっくり開いて、ゆっくり閉じる』
骨間には、手指を開く動き(外転)に作用する背側骨間筋・小指外転筋、手指を閉じる動き(内転)に作用する掌側骨間筋があります。また、物を指先でつまんだり、手指を伸ばしたままつけ根だけ曲げるなどの動きをする虫様筋も存在します。手背や手掌に浮腫が見られるとき、手の骨間にも影響が及び水分貯留や皮下組織の硬さを確認することができます。この部位を施術するときは骨間筋の走行に沿って四指腹を並べ、反対側から親指の腹を平らに当て、把握状態を保持したまま手指をゆっくり開く、閉じる(外内転)動きを繰り返しながら組織を緩めていきます(写真5)。
写真5 手の骨間
また、同様に手を置いたままグーパー運動を加えることもできます。
⑦手指
『指を環状に包んでゆっくり動かす』
手指では筋肉よりも皮下組織の厚みに重点を置いてケアをします。手指は全指に浮腫みが見られることもありますが、数本だけまた一部だけということもあります。多くの場合、指先(末梢側)よりもつけ根部分(中枢側)に厚みが見られます。手指の施術ではまずつけ根部分から始め、徐々に指先の方に移動します(腋窩の方向に流す)。手指の組織に環状に密着して硬さのある皮膚を一押しずつ緩めていきます(写真6)。
写真6 手指
⑧指間部
『水かきのところも丁寧に』
指間部はいわゆる水かきのところになります。手背や手掌に浮腫が見られるとき、この指間水かきにも影響が及ぶことがあります。手指の股のところまでのケアだけでなく、中指骨を含めて皮膚に覆われたこの部分も丁寧に緩めることにより、手指や手掌・手背全体の改善が早まります。微量な圧迫量であっても時間をかけて行うと、より深部組織にうっ滞する浮腫液が誘導され、線維化した皮膚にも柔らかさが出てきやすくなります(写真7)。
写真7 指間部
まとめ
リンパ浮腫の症状には個人差がありますので、リンパ浮腫の重症度や皮膚の状態に応じて様々な手技のバリエーションで対応します。
本誌における掲載内容が、リンパ浮腫治療にあたられるセラピストの皆様や患者さんをはじめご家族の皆様のお役に立つことができましたら嬉しく思います。リンパ浮腫のケアは一度にたくさん行うよりも、個々の方の様子に合わせて丁寧にコツコツ継続していくほうが改善への近道になります。ぜひ少しずつセルフケアの内容を充実させながら、より良い状態を維持していただけますよう願っています。
次号では下肢の線維化の見られる箇所のケア方法についてご紹介したいと思います。
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。