第26回 リンパ浮腫の治療とケア
―下肢リンパ浮腫のセルフケア(線維化した皮膚②)―
今号は前号に続いて、線維化のみられる下肢リンパ浮腫のセルフケア方法についてご紹介します。リンパ浮腫は病期(皮膚病変の程度)や日常の生活動作、ケア状況などによっても、むくみの状態に大幅な個人差があります。またセルフケアをされている、またはケアができる環境や方法も人それぞれです。セルフケアについて患者さんにご指導するときに、その方の具体的な症状やセルフケア環境を確認しながら、実際にむくみや皮膚の変化が起きている部位や気にされているところに一緒に手を当てながらお伝えすると、患者さんも安心され、ケアの意味合いやコツを掴みやすくなります。
基本的な触れ方
施術方法の特徴として、手のひらや手根のように皮膚に当たる面積がより広い部位を用いると表層組織に、指頭(尖)のように小さい部位を用いるとより深層組織に圧がかかりやすくなります。同じ部位に留まる時間が短いほど表層組織に、長くなるほど深層組織に圧の刺激が伝わりやすくなります。指頭(尖)や指腹を直線状に密に並べて行うとかかる圧は強くなり、指同士の間隔をあけて行うと圧は分散され弱くなります。皮膚に触れるときは、組織を横ずれさせないように、深部に向けて垂直に圧がかかるようにします。
各部位へのケアの時間の目安は1回に数分から10分程度です。心地よい感じや少し痛気持ちよい感じがする範囲内の刺激はケアの効果につながります。強い痛みや不快感があるときは過度な刺激となりますので、皮膚の厚みや硬さに合わせて刺激量を調節してください。
各部位の施術ポイント
『』内は患者さんにお伝えするときのキーワードになります。タオルやクッションなどもうまく活用して、できるだけ楽な姿勢で行いましょう。
下肢(前号の続き) ④膝まわり
『膝まわりの凹凸の溝に沿って指の腹を並べて、深部に向かってゆっくり小さな円を描く』
膝関節は大腿骨と脛骨、膝蓋骨から構成され、さらに軟骨、靭帯、筋肉、腱などが膝関節を取り囲み複雑な形状をしています(図1)。
図1 膝関節の構造
このような凹凸の多い部位では、発症早期から水分が貯留しやすく、経時的に線維化や皮膚硬化を生じやすい傾向があります。また、膝の両脇に位置する外/内側側副靭帯の真上の皮膚に肥厚がみられたり、膝の内側(鵞足付近)の線維化や脂肪沈着により全体的に丸みを帯びてくることもあります。膝関節の屈曲時には、ハムストリングス(大腿後面の膝屈曲筋)が収縮すると前面の大腿四頭筋が緩み、大腿骨が脛骨の上を後方に滑りながら転がることで膝が曲がりますが、膝関節周囲の皮膚病変によって関節可動性が低下することがあります。このような場合には、膝まわりの骨や筋、腱などの凹凸の溝に沿って手指腹を並べておいたまま、深部に向かってゆっくり小さな円を描くように、繰り返し組織を緩ませていきます(写真1)。
写真1 膝まわり
また大腿部の組織の線維化や硬化によって膝関節の可動制限が助長され、歩行に支障が生じているという場合には、大腿後面(おもに内転筋群〈前号参照〉)や大腿前面(大腿四頭筋)のケアを合わせて行うと一層効果的です。
⑤下腿全体
『ふくらはぎに親指の腹を当てながら、膝下全体を両手で包むように把握して、足くびを上下に動かす』
下腿部は伸筋群(前面)、屈筋群(後面)、足の外反に作用する腓骨筋群など、およそ13種類の筋肉から構成されています。大腿部から走行する筋や足底に停止する筋など、膝関節や足関節をまたがる筋も多くあります。これだけの筋肉に支えられながらも重力の影響を受けるため、浮腫がもっとも重症化しやすい部位でもあります。下腿に生じた線維化を緩めるときは、ふくらはぎに親指の腹を当てながら、膝下の皮下組織を両手で包むように把握した状態で、足くびの上下運動や回旋運動を加えます。マッサージ中にこのような動きを加えることで、自然に手指が深部へと沈んでいくのを感じていただけると思います。手指腹の跡が皮膚面や皮下組織内にしばらく残りますが、これは施術部位に存在していた水分が周囲組織に移動したことによるもので、さらに深い組織層にアプローチができる目安にもなります。少しずつ施術する部位を移動させながら、下腿全体の皮下組織が平らになっていくイメージで行います。前号で紹介したS字手技(皮下組織を手のひら全体で把握したまま、上下に交互に動かす)を取り入れるとより効果的です。とくに皮膚硬化がみられる部位では、ケアをする手自体の負担を軽減させるためにもマッサージと関節運動を同時に行うことをお勧めします(写真2)。
写真2 下腿全体
⑥下腿内側
『膝下の内側の骨の縁に沿って、親指の腹で小さな円を描くように優しくマッサージする』
下腿内側の脛骨内側縁を辿ると腓腹筋やヒラメ筋に触れます。この部位に生じた線維化を緩めるときには、クッションの上に患肢を乗せて、片脚だけ胡坐をかくように膝をすこし曲げた状態をつくると、より楽な姿勢でケアができます。そして、脛骨内側縁に沿って、親指の腹で垂直にゆっくりと小さな円を描くように優しくマッサージします。強く押すと痛みを感じやすい部位ですので、親指の腹の柔らかい膨らみを平らに当てて圧を調整しながら行うようにします。このときつま先の上下運動や足関節の回旋運動を加えると、てこの原理で自然に手指が沈んでいき、より少ない刺激でより深層の組織まで緩めることができます(写真3)。
写真3 下腿内側
また、手の力を使って皮膚面を押すのではなく、上半身の重心移動を上手に使って行うと手指や皮膚を傷つけずに、痛みを与えないようにケアができます。
⑦足背
『足の甲の骨と骨の間の溝に沿って指の腹を並べて、深部に向けて小さな円を描く』
足の甲には中足骨と呼ばれる足趾のつけ根部分の骨があります。足背がむくむときには全体的にドーム状を呈することがありますが、実際に深部まで触診してみると線維化による細かな組織の硬さは足趾毎にそれぞれ異なります。この部位においては、中足骨と骨間の溝に沿って四指腹を並べて、深部に向けて小さな円を描くようにします(写真4)。
写真4 足背(骨間)
このとき手指腹がもっとも深く沈んだ部位から始めて少しずつ移動します。その周辺の組織全体が緩んできたら、より深層の組織にアプローチするというように段階的に進めていきます。中足骨周辺の皮下組織の硬さが緩むと、足趾に付着する筋群も動かしやすくなり、足部や下腿の筋運動にも影響し、排液効果が高まります。
⑧足底
『足の裏全体をまんべんなく、深部に向けて小さな円を描く』
足部は大小様々な計28個の骨から構成されています。この一つひとつの骨が互いに関節を形成し、靭帯や筋肉、腱などの軟部組織で支持されて可動性を生み出しています。足の裏にはおよそ10種類の筋肉が付着していて足底筋群と呼ばれます。足底は比較的むくみにくいといわれますが、浮腫や線維化が慢性化すると皮膚に厚みがみられるようになります。この部位の線維化を緩めるときには、足の裏全体をまんべんなく、深部に向けて小さな円を描くようにとお伝えします。骨や筋、腱の位置をイメージしながらマッサージができるとより効果的ですので、当施設では足の解剖図をご覧いただきながらご説明することもありますが、「足の裏の筋肉をマッサージするように」とお伝えするだけでも十分感覚を掴んでいただけるかと思います。施術に慣れてきたら、つま先の上下運動を加えながら行うとより深部に刺激が届きます。解剖学的に足底のリンパ液は足背に流れますので、皮下組織の過剰な水分貯留を排液するときには足背に向けて、線維化を改善させるときにはより深部へ向けて圧をかけるようにすると効果的です(写真5)。
写真5 底全体
⑨サポート用品を活用したセルフケア
ご自身の手で直接身体に触れていただくと、日々のむくみの状態、皮膚の柔らかさや温度などの小さな変化に気づくことができます。このため、ケアを始めるときには触診の意味合いも含めて、まずは直接皮膚に触れていただきたいのですが、ケア自体の負担が軽く無理なく繰り返しできる内容であることも、長く続けてゆける大切な要素になります。今日はすこし簡単に済ませたい、すこし手を休ませたい、休憩したいなというときなどに、本稿でご紹介したいのはセルフマッサージ補助具です。こちらは著者が日頃からお勧めしているリンパ浮腫のための『らくらくサポートローラー』というセルフマッサージ補助具です(写真6①②③)。
写真6 ①大腿外側(腸脛靭帯ライン)
写真6 ②大腿内側
写真6 ③下腿内側
本製品は100個以上のパーツによって組み立てられ、身体の曲線に優しくフィットしながら、細やかな動きにも対応してくれる優れものです。より皮膚の表層をケアするときにはコロコロと軽めの圧で、深部組織の硬さを緩めたいときにはローラー面を少し皮下に押し沈めたままゆっくりと動かします。心地よく感じる程度の力加減で続けていただけるとよいと思います。ご家族やパートナーの方と一緒にセルフケアをされるときにも重宝します。
まとめ
「手当て」という言葉が意味するように、実際に手を触れたところやより手をかけたところの皮膚の硬さは、明らかに改善しやすくなります。本稿でご紹介できなかった他の部位についても、同様のケア方法を取り入れて応用していただくことができます。また本稿でもご紹介しましたマッサージと関節運動との連動のしかたと患者さんにご指導するときに、「つま先を動かしながら」とお伝えするとより足部が動き、「足くびを動かしながら」とお伝えするとより下腿全体が動くようになります。ちょっとした伝え方で作用が変わってきますので、目の前の患者さんによりわかりやすい言葉でお伝えいただけたらと思います。
■お問い合わせ先
・セルフマッサージ補助具『らくらくサポートローラー』
QOL総合研究所
電話:0120–47–8081
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。