第28回 リンパ浮腫の治療とケア
―頭頸部リンパ浮腫のセルフケア(線維化した皮膚)後半―
今号は前号に続いて、線維化のみられる頭頸部リンパ浮腫のセルフケア方法についてご紹介します。頭頸部リンパ浮腫を抱える患者さんの大半は、夕方よりも朝起きがけのほうがむくみをより強く感じると訴えます。これには就寝時に顔面筋(表情筋)の収縮運動が減少することや、顔面部の集合リンパ管の解剖学的な要素などが関与しています。起床してから時間が経過するにつれて次第に浮腫は軽減していきます。
施術時の姿勢
セラピストが施術させていただくときには、おもに仰向けや横臥位、座位などが中心となりますが、ご自身でケアをされるときにはできるだけ楽な姿勢で行いましょう。クッションやソファーに寄り掛かったり、ベッドに仰向けになって行うと、力が入りやすい首や肩への負担を和らげることができます。患者さんのセルフケア指導にあたるときには、その方の症状やセルフケアの環境(どのような姿勢が楽か、どのくらい実践できるか、協力者の有無など)を確認しながら、実際にむくみや線維化が生じている部位に一緒に触れながらお伝えすると、患者さんも安心して習得できます。
基本的な触れ方
面積の大きいところは手のひらや四指全体を使って、小さいところは指腹で、より細かいところは指頭(尖)を優しく当てて行います。顔面部のほとんどの部位は小さな円を描くようなタッチでケアすることができます。各部位へのケアの時間の目安は1回に数分程度です。心地よく感じる範囲内で行いましょう。放射線治療を受けている部位はよりソフトに触れるようにしてください。
各部位の施術ポイント
『』内は患者さんにお伝えするときのキーワードになります。マッサージ手順については過去のVOL・27号(2017年10月発行)に掲載していますので、本稿では頭頸部リンパ浮腫により線維化した皮膚に対するアプローチを中心に纏めます。頭頸部がん術後リンパ浮腫の治療では頸部リンパ節や鎖骨付近のリンパ節を切除していたり照射していることがあるため、リンパドレナージ施術における最終排液リンパ節は「腋窩リンパ節」になります(図1)。
図1 顔面部のリンパ節と排液ルート(術後ケア)
顔面部 (前号のつづき)
①オトガイ
『あごの真下に親指の腹を当てながら小さな円を描く』
あごの下には、オトガイリンパ節があります。この領域に親指の腹を置くように当てて、そのままあごの奥に向けて小さな円を描くように動かします。指の圧は加えずに皮膚に優しく触れている程度になります。水分貯留があるときには指が少し沈みます(図2)。
図2 オトガイ部
②下顎
『あごの両脇に指を当てながら小さな円を描く』
あごの両脇(下部)には、顎下リンパ節があります。あごのラインに指の腹を当てて、あごの奥のほうに向けて小さな円を描くように動かします。指の腹を患部に当てたまま、口の開閉をすると皮膚に程よいポンプ刺激を与えることができます。水分貯留があるときには指が少し沈みますので、少しずつ部位をずらして領域全体を万遍なくケアするようにします(図3)。
図3 下顎
③頬部
『頬に四指を当てながら小さな円を描く』
頬部のリンパ液は一部はオトガイリンパ節や顎下リンパ節へ、一部は耳介前リンパ節に流れます。その流れをイメージしながら、流したい方向にあるリンパ節に向けて小さな円を描くようにします。あごのラインから下瞼までの間を3~4等分して、より下部の領域から始めます(図4)。
図4 頬部
手のひらや手根のように皮膚に当たる面積がより広い部位を用いると表層組織に、指頭(尖)のように小さい部位を用いるとより深層組織に圧がかかりやすくなります。同じ部位に留まる時間が短いほど表層組織に、長くなるほど深層組織に圧の刺激が伝わりやすくなります。指頭(尖)や指腹を直線状に密に並べて行うとかかる圧は強くなり、指同士の間隔をあけて行うと圧は分散され弱くなります。このように目的に合わせて手や指の各部を使い分けるとより効果的に行うことができます。
④鼻部
『鼻筋に指を2本当てながら小さな円を描く』
左右の鼻背に沿わせるように中指と薬指を当てながら、顎下リンパ節に向けて小さな円を描くように皮膚を動かします。鼻翼や鼻尖も左右から指の腹を当てるようにして小さな円を描くように行います(図5)。
図5 鼻部
⑤眼瞼
『瞼に指の腹を当てながら小さな円を描く』
コンタクトレンズをご使用の場合には、施術前に外していただきます。まず左右の下瞼に指の腹を優しく当てて耳介前リンパ節の方向に小さな円を描くようにします。次に目を閉じて上瞼に指の腹を優しく当てて同じく小さな円を描くようにします(図6)。
図6 眼瞼、眉
指の腹を瞼の上から眼球の丸味に沿わせるように当てて、眼球に圧が加わらないように注意します。
⑥眉
『眉の形に沿って指の腹を当てながら小さな円を描く』
眉の形に沿って四指の腹を当てながら優しく小さな円を描くようにします。耳介前リンパ節の方向に円を描くイメージです(図6)。
図6 眼瞼、眉
眉間も同様に行うことができます。
⑦額
『額に四指を当てながら小さな円を描く』
額に左右の四指の腹を当てながら優しく小さな円を描くようにします。耳介前リンパ節の方向に円を描くイメージです。ここの領域の線維化が気になる場合には、四指の腹を揃えて小さな円を描くように行うと、より皮膚が緩みやすくなります(図7)。
図7 額部
眉のラインから髪の生え際までの間を3~4等分して、より下部の領域から始めます。
まとめ
頭頸部リンパ浮腫のケアは、四肢のリンパ浮腫と比較して治療やケアが普及していない状況ですが、適切に治療やケアを行いますと、より早いうちに効果が現れやすい傾向があります。今回は掲載していませんが、手術や放射線治療の後遺症として口腔内にもむくみや線維化が見られることがあります。この場合、頬部の内側や舌部にも施術をします。頭頸部の治療を受けられた患者さんの声には「顔を触ったときの左右差がなくなってきた」「外に出掛けたい気持ちが出てきた」「人に会えるようになった」「食事がしやすくなった」「呼吸が楽になった」「夜よく眠れるようになった」などがあり、より身近なところで生活の質の向上の支えのひとつとなっていることがわかります。治療中は部屋の湿度の調整や細やかなタオルワーク、筆談の準備など様々な配慮が必要になりますが、その一つひとつのケアが患者さんやご家族の安堵の笑顔につながることを嬉しく思います。
佐藤佳代子(さとう・かよこ)
合同会社のあ さとうリンパ浮腫研究所、マッサージ治療室のあ代表。20代前半に渡独し、リンパ静脈疾患専門病院「フェルディクリニック」においてリンパ浮腫治療および教育の研鑽を積み、日本人初のフェルディ式複合的理学療法認定教師資格を取得。日々の治療に取り組むほか、医療製品の研究開発、医療職セラピストおよび指導者の育成、医療機関などにおいて技術指導を行う。J-LAM(リンパ脈管筋腫症)の会、リンパ浮腫ネットワークジャパン(リンネット)医療アドバイザー。著書に『リンパ浮腫治療のセルフケア』『DVD暮らしのなかのリンパ浮腫ケア』ほか。