(がんの先進医療: 2018年7月発売 30号 掲載記事)

第30回 がんの放射線治療の副作用とその対策
~主な適応と照射範囲の設定法 その④ 肛門がん~

唐澤 克之 都立駒込病院放射線科部長

放射線が持ち合わせる電離作用を駆使して悪性腫瘍を制御する放射線治療は、同時に正常細胞にもダメージを与え、さまざまな有害反応(副作用)を引き起こすことがあります。それでも、現在の放射線治療では、がん病巣への的確な照射が可能になり、放射線障害が確実に減少しています。したがって、放射線治療を始める前から、必要以上にその副作用を心配する必要はありません。

しかしながら、放射線治療についての正しい知識を持ち合わせ、治療後に発症する重い副作用を認識しておかなければ、大事な症状を見逃してしまいがちです。定期的な診察で早期発見に努めるとともに、いざというときの対処法を心得ておくことが、放射線治療を受けるうえでの得策だと言えます。

そのような趣旨で連載している30回目は、「主な適応と照射範囲の設定法」として、本稿では欧米同様に化学放射線療法を用いた治療が脚光を浴びてきた肛門がんを取り上げ、その特徴と治療方法について最新の知見を交えて概説します。ぜひ、副作用対策にも役立てていただきたいと思います。

肛門がんの特徴

日本人の肛門の長さ(肛門管)は、男性で平均3・2㎝、女性で平均2・9㎝と言われています。この肛門管を中心に発生するがんが肛門管がん、肛門周辺の組織に発生するものも含めて肛門がんと称しています。

肛門管を被っている上皮は奥のほうから、直腸粘膜・移行上皮・肛門上皮で構成されています。また、肛門縁から2㎝ほど入った肛門管は歯状線と呼ばれていて、この付近の括約筋には肛門腺という組織があります。肛門がんはこれらの部位が発生母地になっています。

肛門は大腸の末端部、直腸の下にあり、便の体外への排出口となる部分です。今回のテーマである肛門がんは、肛門の組織の中にがんができる疾患です。その肛門がんは、扁平上皮がん(類表皮がん)が大部分を占め、残りは総排泄腔腫瘍(類基底細胞腫瘍)です。本稿では前者の扁平上皮肛門がんを肛門がんとして捉えていきます。

肛門がんの症状の特徴は、肛門または直腸からの出血と、肛門周囲のしこりができることです。また、便が出にくくなったり細くなったりすることが多々あります。

痔核の出血は、鮮血が紙についたり、ポタポタ落ちたりしますが、肛門がんのそれはやや赤黒い血液が分泌物と一緒に出て、下着を汚したり、紙につく程度の静かな症状です。また、裂肛では鋭く脳髄に響くような痛みが多くなりますが、肛門がんでは強い痛みが長く続く傾向にあります。

こうした肛門がんの治療法としては、切除が可能であれば、原則として手術療法が行われてきました。一般に、肛門を切除する腹会陰式直腸切断術による治療が行われていましたが、手術不能症例や進行症例については化学放射線療法(フルオロウラシルおよびマイトマイシンC)など、肛門括約筋の温存を目指す治療を行う場合もあります。また、手術療法後に残存腫瘍が認められた場合には、化学放射線療法を行うこともあります。ただし、後述しますが、化学放射線療法が局所への根治的治療として行われてきているのです。

肛門がんの診断は、レントゲン検査や内視鏡、超音波検査、CT、MRIなどで行われます。確定診断は腫瘤の一部を切除したり、針で採取したりする組織検査になります。加えて、粘液や分泌物を色素で染め、悪性細胞であるか否かをみる細胞診も行われています。

肛門がんの早期発見には、やはり、便潜血検査や専門医による直腸肛門指診、内視鏡検査などを定期的に行うことが大事です。一般に、肛門痛や出血、分泌物があった場合は、1~2週間ほど坐薬などで様子をみて、すみやかに症状が改善されなければ受診するのが良策です。

欧米では化学放射線療法が第一選択

直腸と肛門の間を隔てているのは歯状線というぎざぎざの線です。直腸は痛みを感じない粘膜で、肛門は痛みを感じる皮膚ということになります。

そして、この歯状線を境に、がんの治療方針は大きく異なります。というのは、直腸がんは腺がんが主体で、放射線治療への感受性があまり高くありません。それに対し、肛門がんは扁平上皮がんなので放射線への感受性も抗がん剤への感受性も高く、両者の併用療法で完全消失する頻度がきわめて高いのです。

また、肛門がんは肛門自体に病変が存在しているため、手術での切除、すなわち人工肛門造設という結果となり、患者さんのQOL(quality of life:生活の質)に大きな影響を及ぼします。ですから、欧米ではすでに第一選択の治療は化学放射線療法となっていて、手術は化学放射線療法が失敗した場合の救済方法という位置付けです。

それに対し、日本では、肛門がんは発生頻度があまり高くなく、直腸がんと同様に「まず手術ありき」と考えられてきました。しかし、昨今、ようやく化学放射線療法が耳目を集めてきました。

肛門がんの大部分を占める扁平上皮がんは、最近、増加傾向にあります。とりわけ女性に多く、比較的、高齢者の罹患率が高いとされています。また、子宮頸がんや中咽頭がんの発生にも関係しているヒトパピローマウイルスが関連していることが少なくないこともわかってきています。肛門を使用したセックスのパートナーが多いと罹患リスクが高まると言われています。したがって、STD(性感染症)の範疇としても捉えられることもあります。

また、リンパ液の流れは体軸方向だけでなく側方へも流れているため、肛門がんのリンパ節への転移の場合、鼠径リンパ節にも転移します。肛門がんのリンパ節転移は、比較的、緩徐に進行することが多いのが特徴です。したがって、発見時には骨盤内に留まっている場合が多いです。

肛門がんは、前記のようにそのほとんどが扁平上皮がんであるため放射線への感受性が高いとされています。加えて、ヒトパピローマウイルスの感染が関連していることも放射線の感受性を高くしています。ですから、遠隔転移が存在しないケースでは、化学放射線療法が局所への根治的治療として行われます。

IMRTの登場で化学放射線療法が標準治療に

肛門がんの治療方法の歴史を辿ると、米国では1970年代までは肛門を切除してしまう手術で治療が行われていました。そんななか、1970年代に、Wayne State UniversityのNigroという研究者が「30Gyを15分割」という放射線治療と、フルオロウラシルおよびマイトマイシンCを併用し、術前に治療を行ったところ、次々に腫瘍が消失したそうです。

そのことが、手術を行わず、より根治的に放射線治療を行う契機となりました。そして、放射線の線量を増加したり、抗がん剤の併用法・種類などを臨床試験したりして検討を重ねてきたのです。

そして、現在、世界で最も有名な診療ガイドラインの一つであるNCCNのガイドラインではマイトマイシンCとフルオロウラシル(もしくはカペシタビン)に放射線治療を59・4Gy/33分割の線量で投与することが推奨されています。それによって早期であれば9割近い5年生存率と、8~9割の肛門温存率が期待されています。その際の手術の役割は、化学放射線療法で再発・再燃した場合の救済療法と位置付けられています。

肛門がんへの放射線治療の方法は、従来、鼠径リンパ節を含めた全骨盤照射が推奨されていました。ところが、併用するマイトマイシンCとフルオロウラシルという血液や消化管へ影響を与える抗がん剤を併用するため、それらの副作用が高率で出現していました。それらが問題となってきて、かつ今世紀になってからIMRT(強度変調放射線治療)という照射技術が普及してきて、腸管や骨髄、膀胱、会陰部の皮膚への線量を低下させて照射することが可能となってきました。そこで、米国ではRTOG0529という臨床試験でIMRTを用いて有害事象の程度を減らした治療が可能で、しかも抗腫瘍効果も落とさずに治療ができたという成果が、最近になって発表されたのです。

図1が従来の方法での線量分布で、図2がIMRTを用いた線量分布です。消化管への線量が大きく低下していることがわかります。

図1 従来の照射法による線量分布図

図1 従来の照射法による線量分布図

図2 IMRT(強度変調放射線治療)による線量分布図

図2 IMRT(強度変調放射線治療)による線量分布図 消化管への線量が大きく減らされていることがわかる(矢印)

このようなことから、現在、米国ではIMRTを用いた化学放射線療法が標準治療となっています。日本においては、IMRTの導入が米国に比べて5~10年遅れていたのですが、最近になってようやくIMRTの技術を取り入れている施設では、肛門がんへの応用が始められており、その施設数も年々、増加しています。

国内でも普及している「化学放射線療法」という選択肢

これまで日本における肛門がんの治療は、発生頻度の低さ、放射線治療の後進性などにより、直腸がんの治療の一環として行われてきました。そして、一部施設では化学放射線療法は行われてきたものの、肛門がんに対する化学放射線療法の臨床試験は行われていませんでした。すなわち日本における標準治療としての化学放射線療法の成績はまだ出されておらず、その標準治療としての確立が待たれていたのです。

そのような状況のなか、2009年になり、ようやくJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)がJCOG0903という第I/Ⅱ相試験をスタートさせました。

JCOG0903は同時化学放射線療法のプロトコールを用いていますが、外来でも施行可能なように、薬剤をフルオロウラシルに代えてS–1を用いることになりました。しかし、十分に照射技術が追いついていない施設が少なくないため、IMRTの使用を禁止しています。

その一方で、2013年より、JROSG(日本放射線腫瘍学研究機構)という臨床試験グループでも肛門がんに対し、マイトマイシンCとフルオロウラシルを併用した化学放射線療法のプロトコール(JROSG 10-2)が開始されています。

JROSG 10-2はJCOG0903と同様に、同時化学放射線療法を行うのですが、薬剤はRTOG試験と同様のマイトマイシンCとフルオロウラシルを用い、放射線治療では米国で現在、標準となっているIMRTの使用を許可したというプロトコールとなっています。

肛門がんは比較的、少ない疾患ですが、最近、増加傾向にあります。手術で肛門を失うことは患者さんのQOLに著しい影響を与えます。

この疾患が放射線療法にも化学療法にも反応しやすく、骨盤内に限局している場合には高率に治癒する可能性があります。ですから、化学放射線療法という選択肢があるということを記憶の片隅に留めておいていただければ幸いです。

唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。

唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。

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