第6回 がんの放射線治療の副作用とその対策
~「上腹部・骨・関節・筋肉照射による副作用」への対処法~
放射線が持ち合わせる電離作用を駆使して悪性腫瘍を制御する放射線治療は、同時に正常細胞にもダメージを与え、さまざまな有害反応(副作用)を引き起こすことがあります。それでも、現在の放射線治療は、がん病巣への的確な照射が可能になり、放射線障害が確実に減少しています。したがって、放射線治療を始める前から、必要以上にその副作用を心配する必要はありません。
しかしながら、放射線治療についての正しい知識を持ち合わせ、治療後に発症する重い副作用を認識しておかなければ、大事な症状を見逃してしまいがちです。定期的な診察で早期発見に努めると共に、いざというときの対処法を心得ておくことが、放射線治療を受けるうえでの得策だと言えます。
そのような趣旨で連載している「放射線治療の副作用とその対策」の6回目は、「上腹部・骨・関節・筋肉照射による副作用」への対処法をご紹介します。
晩期放射線障害は、急性放射線障害よりも注意が必要
放射線の照射による副作用は、全身性のものと部位別のものに分けられます。今回、ご紹介する「上腹部・骨・関節・筋肉照射による副作用」は、部位別ということになります。
さらに、前回同様、放射線治療の副作用には「急性放射線障害」と「晩期放射線障害」の2つのタイプがあることをお話しておきます。両者の違いは、急性放射線障害が照射期間中に起こる放射線障害であるのに対し、晩期放射線障害は放射線治療が終わって半年以降に起こる放射線障害である点です。急性放射線障害の特徴は吐気・嘔吐・頭痛・めまい・下痢・皮膚が赤味を帯びるといったもので、基本的に照射した個所にのみ起こる副作用です。照射の初期に起こる症状自体は一過性のもので、治療が終了して2~3週間で治まります。ですから、比較的、安心できる放射線障害と言えるでしょう。
それに対し、晩期放射線障害の特徴は治療が終了してからも徐々に進行が進んでいくといったもので、なかには数年が経過してから発生する障害もあり、ときに難治性で回復が困難なこともあります。一般的に、晩期放射線障害は、急性放射線障害よりも注意が必要なのです。
また、昨今の放射線治療技術の飛躍的な進歩によって、有害事象は現れにくくなってきました。コンピュータを駆使した画像診断や画像処理技術、放射線制御技術などの著しい発展により、がんの病巣に的を絞った治療ができるようになったからです。したがって、放射線の照射によって副作用が出ないからといって、必ずしも治療効果がないわけではないのです。
「上腹部による副作用」の対策
- 【肝・腎機能障害(倦怠感・黄疸・尿量減少)】
正常な肝臓や腎臓に対して広範囲に放射線が照射された場合、肝機能や腎機能が低下することがあります。その症状は、通常、照射から6カ月~1年後に見られます。それでも、一般的に、治療医は肝臓や腎臓の耐容線量の値を知っていて、過剰照射による機能障害、あるいは機能不全に陥ることはめったにありません。
通常の線量の放射線照射による肝機能障害の場合は、その多くが採血による肝機能検査での値に変化が現れる程度です。ただし、高線量の照射によって肝臓の損傷が大きくなると、倦怠感や黄疸、吐気・嘔吐、食欲不振などの症状が起こります。いずれにしても、肝機能障害を起こしたときは、十分な安静と栄養バランスの良い食事、禁酒が大切です。
それに対し、放射線照射による腎機能障害ですが、腎臓は放射線に対して敏感です。したがって、一定量以上の放射線が照射されると腎障害を発症します。また、抗がん剤や抗生物質などの薬剤を併用していると重症化しやすく、腎不全になると尿量の減少や体重増加、浮腫、高血圧などが起こります。このような腎障害の予防は、十分に水分を補給して尿の排泄を促進させることです。 - 【胃・十二指腸炎(胃の不快感・痛み・吐き気)】
上腹部が放射線照射の範囲に含まれている場合、胃・十二指腸の粘膜炎が発生することがあります。軽症では、胃の不快感や違和感といった程度ですが、症状が進行すると上腹部の痛み、吐気・嘔吐などが起こります。そのため、食欲も減退してきます。通常、治療が終了すれば、1~2週間で症状は落ち着きます。しかし、抗がん剤を併用していると症状が強く出て、長引くことがあります。また、照射量が多い場合、治療後半年~1年後に消化管に潰瘍ができ、消化管出血が起こることもあります。このような晩期の副作用についても、担当医から十分な説明を受け、経過観察を行ってください。
また、胃の痛みや吐き気が強い場合は、主治医に相談しましょう。症状に応じ、胃粘膜保護薬や抗潰瘍薬、制吐薬などが処方されます。
日常生活における一般的な注意としては、十分な睡眠と休息をとり、疲労を蓄積させないようにします。吐気があるときは、無理にたくさん食べようとせず、少しずつ回数を増やすようにします。その際、熱いもの、油っぽいもの、刺激が強いもの、消化に悪いものは、極力、控えます。それに、胃粘膜を荒らすので、飲酒・喫煙は厳禁です。また、水分はこまめに摂取し、脱水予防にも努めてください。ちなみに、食前に番茶やレモン水などでうがいをしたり、食事中に冷たいものを飲んだりすると吐気の予防になります。 - 【その他の副作用】
肝臓、胆道、膵臓のがんの放射線治療では、がん自体の影響もあり、ときに重い副作用が起こる恐れがあります。ですから、実際に治療を受ける場合は、担当医から十分な説明を受けてください。放射線による肝臓がんの治療では、肝臓の入り口である肝門部に照射した後で、十二指腸潰瘍による消化管出血が起こることがあります。基礎疾患の肝硬変による門脈圧亢進症(肝臓に通じる栄養血管の圧力上昇)があると、その危険性が高まります。
がんによる胆道狭窄で生じた胆汁のうっ滞や細菌感染に放射線照射による胆管粘膜の炎症が加わると、胆管炎が起こりやすくなります。その場合は、速やかな胆管ドレナージ(胆汁の排出)が必要です。
糖尿病を合併した膵臓がんでは、膵臓への放射線照射により膵機能に異常が生じ、血糖値異常を起こすことがあります。また、糖尿病を合併しない場合でも、稀に血糖異常が見られます。
「骨・関節・筋肉照射による副作用」の対策
- 【骨粗鬆症(骨が弱くなる)】
成人の場合、骨は放射線に対し、比較的、強いとされて、30 Gy程度の照射線量であれば、放射線障害が起こることは稀です。しかし、40Gyを超えてくると、数カ月~数年後に晩期の副作用として骨粗鬆症が生じ、骨が弱くなって病的骨折を招いてしまう危険性が高まります。
また、骨の変形や委縮、壊死のほか、関節の動きが悪くなる拘縮なども起こります。あるいは、筋肉への照射が重なると、筋肉が委縮して痛みが出ることもあります。とりわけ、高齢者は脊椎骨や大腿骨頸部などを骨折しやすいので、これらの部位への照射はやむを得ない場合を除き、可能な限り過線量を防ぐ方法がとられています。
骨粗鬆症は、それ自体が命に関わる病気ではありません。けれども、骨折を起こすと治りにくいので、早期に治療を開始するとともに、日常生活にも留意することが必要です。骨を強化するためには、牛乳などのカルシウム食品を積極的に摂取するといいでしょう。また、適度な運動は関節の拘縮や筋肉の萎縮を防ぎ、骨の構造を強化する一助になります。 - 【骨の成長障害(骨が短くなる)】
子どもの場合、胸や足、関節周囲などに放射線を受けると、比較的、低い線量でも骨の成長障害が起きることがあります。子どもは発達期にあるので、放射線が照射された部位の骨は、そうでない健康な骨に比べて成長が悪くなります。このことによって、たとえば右足に放射線を照射した場合、右足の長さが左足よりも短くなってしまうのです。また、腹筋が硬くなったり、関節の動きが悪くなったりすることもあります。
昨今、骨の成長障害などを防ぐため、照射方法にさまざまな工夫がなされるようになりました。ですから、問題になるような障害は減少していますが、治療を受ける際には、担当医師から起こりうる副作用についての説明を聞いておきましょう。
放射線治療を受けるための「病院の選び方」
本連載でご紹介している、放射線治療照射による副作用とその対策を知っておくことは、患者さんにとって大切なことです。そして、それ以前に、放射線治療を受ける患者さんにとって「病院の選択」は重要なポイントです。日本の放射線治療は欧米諸国と比較し、まだまだ普及が遅れています。それでも、効果が高いうえに副作用も少なく、治療による痛みもないといったメリットが知られるようになり、放射線治療を受けることを希望する患者さんは増えています。それに合わせるかのように、放射線治療を実施する病院が増えてきました。ただし、実際に放射線治療のメリットを十分に生かした治療ができる施設となると、それほど多くないのが実情です。
放射線治療には高額な装置が不可欠です。しかし、それ以上に必要なのが、放射線治療の長所と短所を知り尽くした放射線腫瘍医(日本放射線腫瘍学会によって、放射線治療を安全・適切に行える知識と経験を持っていると認定された専門家)の存在です。
現在の法律では、放射線専門医がいない病院でも、診療科として「放射線科」を標榜できます。
けれども、放射線治療を効果的、かつ安全に行うには、医学的知識のみならず、放射線の物理学的な特徴にも精通していなければなりません。加えて、放射線治療の技術は日進月歩ですから、治療を行う医師には豊富な経験と高い専門知識が求められます。
放射線治療は、医師以外にもさまざまなスタッフが協力して行うのが理想です。しかし、放射線治療の普及が遅れた日本では、それらの専門家が不足しています。となれば、治療の成否に占める医師の技量の比重が大きくなるので、治療にあたる医師が専門医であるのか否かが、病院選びの最大のポイントになってきます。
それ以外のポイントとしては、その医師がどの程度の治療経験を持っているのか、ということです。最新の治療装置があるというだけで、その病院を高く評価してしまう人がいます。しかし、それよりも、まず豊富な治療経験を持ち、放射線治療を熟知した医師のいる病院を選ぶことが大切です。最新鋭の放射線装置も、経験豊富な専門家がいてこそ威力を発揮することができるのです。
最後に「安心して治療を受けられる病院」の主な条件を列挙します。
- ① 放射線腫瘍医が常勤している。
- ② 豊富な治療実績がある(外部照射=年間200~300症例以上/密封小線源治療=年間10症例以上)。
- ③ 治療実績が一部のがんにかたよっていない。
- ④ 線量分布を計算する専用治療計画書装置がある。
- ⑤ 治療計画用CTシミュレーター、またはX線シミュレーターがある。
- ⑥ 高エネルギー用リニアックがある。
- ⑦ がんの組織診断ができる病理部門がある。
- ⑧ 臓器別のキャンサーボードがある。
唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。