(がんの先進医療: 2019年1月発売 32号 掲載記事)

第32回 がんの放射線治療の副作用とその対策
~主な適応と照射範囲の設定法 その⑥ 転移性甲状腺がん~

唐澤 克之 都立駒込病院放射線科部長

放射線が持ち合わせる電離作用を駆使して悪性腫瘍を制御する放射線治療は、同時に正常細胞にもダメージを与え、さまざまな有害反応(副作用)を引き起こすことがあります。それでも、現在の放射線治療では、がん病巣への的確な照射が可能になり、放射線障害が確実に減少しています。したがって、放射線治療を始める前から、必要以上にその副作用を心配する必要はありません。

しかしながら、放射線治療についての正しい知識を持ち合わせ、治療後に発症する重い副作用を認識しておかなければ、大事な症状を見逃してしまいがちです。定期的な診察で早期発見に努めるとともに、いざというときの対処法を心得ておくことが、放射線治療を受けるうえでの得策だと言えます。

そのような趣旨で連載している32回目は、「主な適応と照射範囲の設定法」として、転移性甲状腺がんを取り上げ、その特徴と治療方法について最新の知見を交えて概説します。ぜひ、副作用対策にも役立てていただきたいと思います。

分化がん・未分化がんへの放射線治療

甲状腺がんは、甲状腺の一部にできる腫瘍(結節性甲状腺腫)のうち、悪性のものを指します。その甲状腺は、喉仏(首の前方にある甲状軟骨による突起)のすぐ下の気管の前にあり、ヨードを取り込んで甲状腺ホルモン(トリヨードサイロニン・サイロキシン)をつくり、蓄えて分泌しています。

甲状腺がんの症状は、通常、しこり以外ほとんど現れません。稀に、呼吸困難や違和感、圧迫感、声のかすれ、呑み込み難さ、誤嚥、痛みなどが出てくることがあります。

甲状腺がんは、大きく乳頭がん・濾胞がん・低分化がん・髄様がんの分化がんと、それ以外の未分化がんに分けられます。一般に、分化がんが治りやすいのに対し、未分化がんは悪性度が高く、治癒が見込めないケースが大部分です。分化がんのうち最も多いのが乳頭がんで、全体の70~80%を占めています。そのなかの約90%は増殖が遅くて治癒率の高い低危険度群で、再発転移を起こす高危険度群は10%程度にすぎません。

乳頭がんはリンパ節転移を起こしやすいがんです。ただし、リンパ節転移の有無が、必ずしも治癒率の低下に結び付くとは限らないのが特徴の一つです。

分化がんは、基本的には手術が標準治療です。手術後には、補助療法として、放射線性ヨウ素(I–131)カプセルを飲み、手術後に残った甲状腺組織を除去する放射線治療「アブレーション」が行われたり、遠隔転移(肺・骨など)に対して大量の放射性ヨードを投与する「放射性ヨード大量療法」が行われたりする場合があります。

未分化がんは、手術が基本ですが、実際には発見時に遠隔転移などを起こしているケースがほとんどで、そのような場合には化学療法や放射線治療が選択されます。ⅣA期・ⅣB期でも手術が可能な場合には、術後に補助療法(放射線治療もしくは化学放射線療法)が行われます。

また、分化がんの高危険度群に対しては、甲状腺をすべて摘出して術後照射を行うのが一般的です。また、低危険度群では可能な限り切除範囲を小さくし、術後照射を行わないことが多いです。

ちなみに、アメリカなどでは、低危険度群に対しても、高危険度群と同じ治療を行うのが基本となっています。日本式とアメリカ式のどちらが良策なのか、という比較研究は行われていないので、それは明確になっていません。近年は、EBM(科学的根拠に基づく治療)という考え方が医療の基本になっていますが、分化がんの場合、日本式とアメリカ式の双方の治療法でも良好な成績が得られているので、両者の比較が行われていないのです。

分化型甲状腺がんには内用療法が用いられる

甲状腺がんの分化がん(分化型甲状腺がん)は、元々、甲状腺刺激ホルモンを低値に抑制することで進行を抑えることができます。そのため、一般に予後は良好です。さらに、放射性ヨウ素(I–131)を腫瘍細胞に取り込ませることでも、寛解状態に持ち込むことも可能です。したがって、転移をきたしていても予後が他のがん種に比べて長いのです。

ただし、骨転移の治療に関しては、従来から用いられている30Gy/10分割に代表される緩和的放射線治療の線量では、治療後の経過観察中に再発をきたしてくることが少なくありません。そこで、私たちは、とくに脊椎転移に対し、椎弓切除時に術中照射を加えて局所制御率を向上させたり、強度変調放射線治療の技術を使用して脊髄を巧妙に避けつつ、脊椎転移部分に1回、高線量の照射を行う定位放射線治療を逸早く取り入れたりしています。その結果、局所制御の向上が得られています。その一方で、脊髄への線量は線量制約を満たしつつ治療が行われているので、重篤な有害事象(副作用)はほとんど認められていません。

また、甲状腺がんの特徴は、甲状腺が内分泌臓器であるので、がん細胞の発育も甲状腺刺激ホルモンに依存している点です。それを逆手に取って甲状腺刺激ホルモンを抑制することで、がんの成長を抑えることが可能です。加えて、分化型甲状腺がんは、甲状腺細胞と一緒に甲状腺ホルモンを産生するためにヨウ素を能動的に取り込む性質を持っています。したがって、ヨウ素に放射性同位元素を用いることで、内部からの放射線治療が行えるのです。それを「内用療法」と称しています。その他、転移に対する外部照射も行われています。

骨転移に対する外部放射線治療は原因療法の一つ

甲状腺がんに新たな転移が出現したりした場合の放射線治療について概説します。

まず、転移のある甲状腺がんに対するI–131内用療法ですが、先述のように、分化型甲状腺がんはヨウ素を積極的に取り込む性質を持っていて、そのヨウ素に放射性同位元素であるI–131を投与すれば、腫瘍細胞がその放射性ヨウ素を積極的に取り込み、非常に効率的な放射線治療が行えます。この治療法は、欧米では転移に対する治療に留まらず、広く再発の高リスク症例の術後補助療法としても行われています。

また、骨転移に対する外部放射線治療は、原因療法(症状・疾患の原因を取り除く治療法)の一つとして大きな役割を果たしています。一般に、外部放射線治療は緩和的放射線治療としての役割が大きいのですが、甲状腺がんに対しては予後が他のがん種より際立って良好です。加えて、同じく予後が良好な前立腺がんや乳がんの転移よりも放射線感受性が高くないので、長い間、制御しておくには工夫が必要です。

一般に、緩和的放射線治療の骨転移に対する標準的とされる治療方法は、2010年に米国放射線腫瘍学会が発表した「骨転移の緩和的放射線治療のガイドライン」によると,メタアナリシス(複数の研究結果を統合した、より高い見地からの分析)の結果、8Gy/1回(単回)、20Gy/5回、30Gy/10回などの分割法があるなか、疼痛緩和に関しては単回法も分割法も効果が変わらないとのことでした。

また、単回法は疼痛の再発の割合が少し高かったものの、何回も治療する手間が省け、患者さんの状態によって判断されるべきものとされました。さらに、10回を超えるような分割法はとるべき根拠がないことが提示されました。

その一方、脊髄圧迫症が懸念される症例に関しては30Gy/10分割の照射法が望ましいとされています。

転移性背椎腫瘍への術中照射

骨転移のうち脊椎転移は、疼痛・病的骨折のほかに脊髄圧迫症の症状をきたします。甲状腺がんの場合は、比較的、予後が良好であるので、脊髄の麻痺が完成してしまってからも生命予後が長いことが予想されます。それでも、麻痺が完成する前であれば、減圧手術を行うことが望ましいです。ただし、一般に、術後照射は30Gy/10分割程度の照射で、脊椎転移を長期に局所制御するには線量が不足しています。そこで、私たちは、減圧手術の際、術中照射で局所への抗腫瘍効果を高める治療を行っています。

具体的に言えば、まず伏臥位で羅患椎体に相当する部位に皮切を置いて術野を展開し、椎弓切除を行います。椎体(脊髄の奥にある「椎骨の主要部」)にある転移病変を可能な限り掻爬(診断・治療のために鋭い匙状のキューレットで組織の採取・破壊・除去を行うこと)したうえで、脊髄を鉛で遮蔽し、その上から電子線を照射します。椎体には鉛プレートの周囲から回り込んできた電子線が照射され、最大線量の40%程度が照射されます(図1参照)。

この場合、私たちは、通常、最大線量20Gyを照射しているので、椎体の遮蔽を受けている部分にも約8Gyの照射が行われています。そのあと金属で固定術を行って閉創するのです。通常、抜糸が済んで治療2週間後より術後照射として30Gy/10分割、もしくは35Gy/14分割の術後照射を行います。

この治療による局所再発率は8%程度で、長期の局所制御が得られています。単に除圧手術+術後照射だけであると、抗腫瘍効果が劣ります。ですから、手術時に1回、大線量照射を加えておくことが、予後の長い甲状腺がんには意義があると推察できます。気になる有害事象としては放射線脊髄症が挙げられますが、長期経過観察によってもその頻度は5%以下となっています。

脊椎転移への定位放射線治療

甲状腺がんの予後は、全身的な内分泌療法の効果(甲状腺刺激ホルモン抑制療法)で骨転移に対しても5年程度の予後は見ておかなければなりません。また、通常の緩和的放射線治療では線量が足りず、半年から1年で再発してしまう場合が少なくありません。

定位放射線治療とは、緩和的放射線治療と同程度の線量で、その分割回数を減らし、1回の線量を増加させる方法です。昨今、その有効性が知られてきましたが、従来の方法では、周囲の正常臓器に1回大線量が照射されると、正常臓器の有害事象が発生することが懸念されています。そのため、近年になって放射線治療の技術が進歩し、腫瘍の部分のみに照射ができ、周囲の正常臓器への照射の回避が可能になりました。

脊椎転移の場合、脊髄がもっとも近接する臓器です。通常、脊椎の中の脊柱管の内部を脊髄が通っているため、脊髄もしくは脊柱管をくり貫いて照射ができることが必要です。そのための技術であるIMRT(強度変調放射線治療)を定位放射線治療に組み合わせることで可能になりました。その典型的な線量分布が図2です。

この技術により、1回での大線量照射が可能になりました。そのメリットは腫瘍内部および周囲の微小血管に対してダメージを与えること。通常の分割照射による線量よりも多くのダメージが与えられ、抗腫瘍効果も高められるのです。

脊椎転移の定位放射線治療はすでに欧米では数多くの症例に行われ、治療成績も発表されています。その特徴は優れた局所制御率にあり、とりわけ長期の予後が期待される症例には好ましい効果が得られています。ただし、この技術はわずかな治療位置のズレや、投与線量のわずかな誤差を許容しません。手慣れた施設であり、かつ高精度放射線治療装置が装備されている施設で行われることが望ましいのです。

この「脊椎転移の定位放射線治療」の安全で有効な普及のためには、その適応を厳しくする必要があります。ですから、現在、私たちは、他の活動性病変がない、いわゆるoligometastasis(数少ない転移)のケースで、すでに放射線治療が行われ、不幸にして再発をきたしている場合に限定しています。

先述のように、甲状腺がんは、比較的、内分泌療法が効く予後の良好ながん種です。しかも、放射性ヨウ素を取り込む性質のあるがん種として、さらに良好な予後が期待されます。したがって、骨転移、とりわけ脊椎転移に関しては、緩和的な線量の繰り返しで起こる局所再発による脊髄麻痺でのQOL(生活の質)低下などが懸念されます。ですから、私たちは、術中照射法や定位放射線治療など長期予後を期待した治療方針を立てるようにしています。

その一方で、甲状腺刺激ホルモン抑制療法やI–131内用療法、効果が期待できる分子標的治療薬も開発されてきていることから、今後、より集学的アプローチが必要となってくることでしょう。

唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。

唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。

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