(がんの先進医療: 2020年4月発売 37号 掲載記事)

第37回 がんの放射線治療の副作用とその対策
~主な適応と照射範囲の設定法 その⑪ 肺がん~

唐澤 克之 都立駒込病院放射線科部長

放射線が持ち合わせる電離作用を駆使して悪性腫瘍を制御する放射線治療は、同時に正常細胞にもダメージを与え、さまざまな有害反応(副作用)を引き起こすことがあります。それでも、現在の放射線治療では、がん病巣への的確な照射が可能になり、放射線障害が確実に減少しています。したがって、放射線治療を始める前から、必要以上にその副作用を心配することはありません。

しかしながら、放射線治療についての正しい知識を持ち合わせ、治療後に発症する重い副作用を認識しておかなければ、大事な症状を見逃してしまいがちです。定期的な診察で早期発見に努めるとともに、いざというときの対処法を心得ておくことが、放射線治療を受けるうえでの得策だと言えます。

そのような趣旨で連載している37回目は、男性および女性ともに増加傾向が示されている「肺がん」を概説します。ぜひ、副作用対策にも役立てていただきたいと思います。

早期の手術困難なケースに放射線治療が適応

肺がんは、主に肺の小さい気管支の細胞から発生します。こうした肺や気管支の細胞が化したものを「原発性肺がん」と称します。それに対し、元々、他の臓器にあったがんが肺に転移したケースでは肺がんとは区別して「転移性肺腫瘍」と呼ばれ、原発性肺がんとは治療法が異なります。

肺がんは60歳以上の喫煙者に多いとされるがん種ですが、それ以外の人も罹患することがあります。現在、日本人の喫煙率は減少傾向ですが、肺がんは高齢化に伴い増加し続けています。

また、肺がんは非小細胞肺がんと小細胞肺がんに大別できます。それぞれの性質が異なるため、治療法も違ってきます。どちらも可能な限り手術での切除が基本ですが、手術が不能な場合に放射線治療が行われます。

肺がんが疑われるケースでは、一般にさまざまな角度から患者さんの病態を評価して的確な治療を行うために、画像検査(胸部単純写真〈レントゲン〉・CT・頭部MRI・PET–CT)、生理検査(呼吸機能検査・心電図検査)、病理検査(組織診断・心電図検査)といった検査を受けます。こうして進行病期が明確になると、治療へと移行します。

一般に、肺がんの病期ごとの治療方針は、次のようなものです(全身状態などによってはその他の治療を選択することや、治療を見合わせることもある)。

【Ⅰ期】病変が肺に限局している…手術

【Ⅱ期】病変が肺と近くのリンパ節にある…手術

【Ⅲ期】病変が大きい、または遠くのリンパ節に転移している…化学療法と放射線治療

【Ⅳ期】遠隔転移がある…化学療法

非小細胞肺がんは、病期がⅠ~Ⅳ期に分けられますが、さらにⅠ~Ⅱ期はそれぞれAとBの2段階に細分化されます。非小細胞肺がんは、肺がん全体の80%以上を占め、小細胞肺がんに比べて増殖のスピードが緩やかな反面、放射線感受性が低いとされています。

切除可能であれば手術が第1選択肢となるので、基本的にⅠ~Ⅱ期では、放射線治療が第1選択となることはありません。対象となるのは、ⅢA期とⅢB期です。ただし、ⅢB期において、原発巣ではない肺門部にリンパ節転移がある場合や、胸水が、見られる場合には対象となりません。

病巣がリンパ節に転移しておらず肺に留まっているI期の肺がんの標準治療は手術です。それでも、そのなかには高齢者や他の持病を持っている人もいます。そのような手術が難しいケースで放射線治療の出番が回ってくるのです。

「60Gyを30回」のスケジュールを採用

近年の放射線治療技術の進歩に伴い、早期肺がんの「高齢者や他の持病を持っている人」を対象に狭い範囲に強い放射線を照射することで、従来の方法よりも良好な局所制御成績が報告されています。この技術は「定位放射線治療」(SBRT=Stereotactic Body Radiation  Therapy)と称されています。

定位放射線治療が最も多用されるがん種は脳腫瘍です。それでも原体照射(がんの形に合わせたビームの照射)を駆使して不規則な形のがんにも対応できるので、肺がんや肝がんなどの体幹部のがんにも用いることができます。体幹部への定位放射線治療は、局所制御率(がんが完全に消失する割合)が、早期の原発性肺がんで約90%、早期の原発性肝がんでは90%以上とされています。

定位放射線治療の技術は1990年頃から世界で開発が始まり、日本では2004年から保険適応となりました。昨今では肺がん診療ガイドラインに定位放射線治療が掲載されるようになり、手術が難しいI期の肺がん患者さんに考慮されるべき治療として位置づけられています。

私が部長を務める都立駒込病院放射線科では、2012年のリニューアルオープンに伴い、トモセラピー、サイバーナイフ、Vero 4DRTの3種の高精度放射線治療装置を導入。定位放射線治療や強度変調放射線治療といった高精度の放射線治療を多くの患者さんに提供してきました。

これらの治療装置は、正確な位置精度が大きな特徴で、毎回、治療時にCTを撮影することで腫瘍の位置を確認して治療を行うことができます。加えて、動体追尾照射の機能も備えられており、肺病変の呼吸による移動が10㎜を超える場合に用いられることが多いです。肺や肝臓の病変は、患者さんが呼吸をするたびに体内で動きます。それを「呼吸性移動」と称します。

体幹部への定位放射線治療では、標的とする病変が照射範囲から外れないように、病変の動く範囲すべてを含むように照射範囲を設定するのが一般的です。けれども、呼吸による病変の移動量が大きくなるほど、それを含めるので広範囲に照射を行うことになってしまいます。それでは、病変の周りの正常組織に当たる線量が増え、副作用の危険性が高まってしまいます。そのため、呼吸性移動対策として、当院では動体追尾照射を使うのです。

定位放射線治療では、患者さんに合わせて門数やビームの角度などが決められます。一般には、6門以上による固定多門照射や、リニアックを回転させながら照射する回転照射が用いられます。ちなみに、腔内照射では、イリジウム192などの密封小線源を気管支に挿入して照射します。

また、一般に、Ⅲ期の肺がんには化学療法(抗がん剤治療)と放射線治療を併用します。放射線治療は1日1回、週に5日、30回(6週間)行う間に、抗がん剤治療を併用します。ただし、抗がん剤治療が適さないと判断されたケースでは放射線治療のみを行うこともあります。

アメリカで行われた臨床試験(RTOG0617試験)では、1日2Gyを30回(計60Gy)から37回(計74Gy)に増やすことで、治療成績が向上するかを評価しました。すると、従来の60Gy群が74Gy群の治療成績が上回ることはありませんでした。その結果を踏まえ、現在、世界の多くの医療機何では60Gy程度の線量で治療を行っています。当院でもその60Gyを30回(6週間)のスケジュールを採用しています。

Ⅲ期肺がんの照射技法は長らく3次元原体照射が行われてきました。けれども、最近ではIMRT(強度変調放射線治療)の技術を用いて、肺や心臓への線量を減らすことが始められています。それは前述の線量増加試験の再解析において、IMRTを用いると心臓への線量が有意に低減され、多変量解析においても心臓への線量が有意な予後因子(低いほうが予後良好)であったという結果が出され、アメリカの診療ガイドラインにおいてもIMRTを推奨するようになったからです。当院でも約1年前よりIMRTに移行しました。まだ治療を行った患者さんの数は少ないものの、患者さんの自覚的な有害事象は減ってきている印象があります。今後の治療成績に期待が持たれます。

また、忘れてならないのは、Ⅲ期肺がんにおいて化学放射線療法の施行後にデュルバルマブ(商品名イミフィンジ)という免疫チェックポイント阻害薬を併用すると予後が改善するという臨床試験の結果が2018年に発表され、こちらも現在は診療ガイドラインで用いることが強く推奨されていることです。放射線治療の抗腫瘍効果の機序が免疫チェックポイント阻害薬の機序と似ていて、がん細胞の宿主の免疫機構から逃れようとするのを妨げる作用があると考えられています。また、放射線治療の1回線量を高めることにより、その効果は高まるとも言われ、定位照射との併用も期待されています。肺がんの治療成績もこのところ目覚ましく改善してきており、そう遠くない将来に、慢性疾患と捉えられる時代も来るかと予想されます。

高精度放射線治療装置の〝3種の神器〟

先述のトモセラピー、サイバーナイフ、Vero 4DRTを概説します。

トモセラピーは、他方向から強弱をつけた放射線を照射し、がん細胞を破壊させる3次元の放射線治療機器です(写真①)。無限の回転軌道照射を実現させたIMRTの専用機で、ドーナツ型の装置の内部には小型のリニアック(放射線治療装置)が装備されていて、体の周りを回転しながら放射線を照射します。

写真① トモセラピー

写真① トモセラピー

この装置を使用する際は、毎回、治療時に照準画像を作成し、計画時に位置合わせを行います。それによって、より確実にターゲットに線量を与えることができます。この装置の開発によって、今まで不可能とされていた複雑な形状をしているがん細胞への照射が可能になりました。言い換えれば、正常組織への線量を低減してダメージを軽減できるのと同時に、がんに対してより集中的に線量を与えられるようになったのです。

サイバーナイフは、きわめて精密な放射線治療を行うための「放射線治療ロボット」です(写真②)。当院のサイバーナイフは、現在、日本で最新の「第4世代」と言われる装置です。その最先端のロボット技術は、「究極の放射線治療」を可能にしたと言えるでしょう。

写真② サイバーナイフ

写真② サイバーナイフ

昨今の照射装置の進歩には目覚ましい限りですが、とりわけX線定位放射線治療用のリニアックは、幾多の機能を兼ね備えた新機種がいくつも開発され、優れた性能を発揮しています。その代表がサイバーナイフです。

この装置の最大の特徴は、工業用アームの先端に小型軽量のリニアックを装着し、前後・左右・上下のどこからでも、精度の高い照射ができる点です。このロボットは照射中に生じる人間のわずかな動きを感知し、正しい位置に移動して照射します。そのため、誤差1㎜以内という高精度な治療が提供できるのです。

VERO 4DRTは、2対の診断X線撮像システムを搭載した高度な画像誘導機構によって、人体内の臓器の動きに合わせての照射を可能にした放射線治療装置です(写真③)。この装置の大きな特徴は、赤外線認識センサー、およびX線透視複合システムによって体内のターゲットの位置を確実に捉え、リアルタイムに照射ビームを最適な方向へと誘導する点です。つまり、呼吸によって動いてしまうターゲットでも、より限局した範囲に線量を与え続けることができるのです。

写真③ VERO 4DRT

写真③ VERO 4DRT

こうした高精度なピンポイント照射の実現により、短時間のうちに照射を行うことはもちろん、ベッドに横になるだけで治療を終えることができるなど、患者さんの負担はかなり軽減されます。また、負担の少ない放射線治療を提供するために専用の治療計画装置を活用することで、VERO 4DRTのパフォーマンスは最大限に引き出されるのです。

非小細胞肺がん・小細胞肺がんへの放射線治療による副作用

非小細胞肺がんに対する放射線治療の主な副作用には、食道炎や肺炎、全身倦怠感、食欲不振、皮膚炎などが見られます。化学放射線治療では、副作用が強くなりがちなので注意が必要です。肺炎は照射範囲内に納まっていれば重症化することは少ないのですが、照射範囲よりも外に広がっている場合には重症化しやすくなります。また、パクリタキセルやドセタキセルといった抗がん剤を併用した場合には、心障害が起こりやすくなります。

唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。

唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。

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