第16回 がんの放射線治療の副作用とその対策
~がん種別の最新の放射線治療と副作用 その⑤ 乳がん~
放射線が持ち合わせる電離作用を駆使して悪性腫瘍を制御する放射線治療は、同時に正常細胞にもダメージを与え、さまざまな有害反応(副作用)を引き起こすことがあります。それでも、現在の放射線治療では、がん病巣への的確な照射が可能になり、放射線障害が確実に減少しています。したがって、放射線治療を始める前から、必要以上にその副作用を心配する必要はありません。
しかしながら、放射線治療についての正しい知識を持ち合わせ、治療後に発症する重い副作用を認識しておかなければ、大事な症状を見逃してしまいがちです。定期的な診察で早期発見に努めるとともに、いざというときの対処法を心得ておくことが、放射線治療を受けるうえでの得策だと言えます。
そのような趣旨で連載している16回目は、「がん種別の放射線治療と副作用」として乳がんを取り上げます。ぜひ、副作用対策にも役立てていただきたいと思います。
乳房温存手術と適切な放射線治療の併用は、全摘手術と同等の再発率・生存率
数多あるがん種のなかでも、放射線治療が大きな役割を果たしているのが、今回取り上げる乳がんです。
乳がんと言えば、以前はほとんどの患者さんに対し、乳房を切除する乳房全摘手術が行われていました。しかし、現在では放射線治療と手術を組み合わせた乳房温存療法が主体となり、可能な限り切除範囲を小さくする方向に進んでいます。
また、乳がんの治療成績は、比較的良好です。進行性の患者さんを含めても、その5年生存率は75~80%と、数あるがん種のなかで上位に位置しています。
乳がんの放射線治療の大部分は、乳房温存手術後に再発防止を目的として行われます。かつて乳房全摘手術が大半を占めていた理由は、がん細胞の取り残しを防ぐためでした。しかし、現在では、適切な放射線治療を併用することで、切除範囲を大幅に縮小しても、乳房全摘手術と同等の再発率・生存率であることがわかっています。
がん病巣だけを切除する乳房温存療法は、乳がんの治療に新たなる道を開いた治療法と言えます。ただし、それは切除範囲が小さくなっただけで、治療の中心が手術であることには変わりありません。
乳がんの病期は、きわめて早期の0期(非浸潤がん)から遠隔転移があるⅣ期までの5段階に大別されます。基本的には、0~Ⅱ期までが乳房温存療法の対象です。
乳房温存療法の対象となりづらいⅢ期の乳がんに対しては、乳房全摘手術が行われます。その場合、手術後にがんが胸壁に再発すると、治療がきわめて難しくなります。したがって、乳房全摘手術でも、術後の放射線治療が欠かせません。
その他、がんが大きくて乳房温存療法ができない場合に、術前照射でがんを縮小させてから、乳房温存手術を行うこともあります。
乳房温存手術、乳房全摘手術のどちらも、術後療法として外部照射を行うことが基本になっています。
〝温存〟と〝全摘〟で異なる照射範囲
乳房温存療法では、一般にがんができた側の乳房全体が照射範囲になります。ただし、転移や再発のリスクが低い場合は、がんを切除した部分にだけ照射を行うこともあります。
また、乳房全体に周囲のリンパ節を加えた、広い範囲に照射する場合もあります。この方法は再発予防の面の効果が高くなります。しかし、照射側の腕が浮腫むため、腋窩(えきか)部分への照射はできるだけ避けたほうがよいとされています。
乳房全摘手術後の照射では、乳房を除いた温存手術の照射範囲に、鎖骨上リンパ節や傍胸骨リンパ節を加えます。なお、腋窩リンパ節を切除した場合は、温存手術の場合と異なり、原則として腋窩リンパ節への照射を行いません。
それと、乳房の上端から腋の下あたりまでは、リンパ節転移が起こりやすいので、胸郭の深い部分まで照射範囲に含めます。しかし、それよりも下側は胸郭の照射範囲を浅くし、心臓に放射線が当たらないようにします。
さまざまな器具を用いる照射法
乳がんに関する照射法は、手術側または両側の腕を頭側に持ち上げた姿勢で、接線対向2門照射を行います。その際、治療時に位置ずれが起きないよう、固定具を用いるのが一般的です。
基本的に照射は仰臥位(ぎょうがい)(仰向けに寝ている姿勢)で行われますが、サイズが大きな乳房は垂れてしまうので側臥位(そくがい)(横向きに寝ている姿勢)や伏臥位(ふくがい)(うつ伏せに寝ている姿勢)で照射することもあります。
なお、乳房は円錐形の臓器なので、そのまま照射すると線量の分布が均一にならないことがあります。そのため、乳房温存手術後の照射では、ウェッジフィルターで線量を補正することがよくあります。
基本的に、放射線治療のビームは、1つの照射野内では均一です。しかし、乳がんに対する放射線強度は、片側が強く、反対方向が弱くなるような傾斜した照射が必要なケースもあります。そのような場合、角度の異なるウェッジフィルターを使い分け、最適な線量分布になるようにするのです。
最近では、さらに技術が進み、照射野の中にもう1つ照射野を設け、線量が足りない部分を補う方法も登場し、写真のように均等な線量分布をつくれるようになっています。
また、乳がんの全摘手術後の照射では、体表近くの線量を高くするためにボーラスが使われます。ボーラスは「レンジコンペンセーター」とも称される照射器具です。照射する深さや方向を調整するもので、患者さん1人ひとりの病巣の形状に合わせ、照射方向ごとに個別に作製します。
放射線治療と化学療法の併用は、副作用のリスクを高める
乳がんに関する放射線の線量は、乳房全体に46~50Gyを1回につき1・8~2Gyに分けて照射した後、がんを切除した部分に10~16Gyを3~5回に分けて追加照射を行うのが標準的です。その追加照射には、電子線または密封小線源が用いられます。
標準的な分割法では治療に4~5週間を要すため、最近では1回あたりの線量を2・7Gy前後に増やし、治療期間を1週間程度短縮する方法もとられています。
また、ごく早期の乳がんを対象に、5日間ほどで照射する加速乳房部分照射という方法も欧米で考案されています。この照射法は、今後、日本でも普及していく可能性があるでしょう。
リンパ節転移があったり、検査で悪性度が高いがんであることがわかったりした場合には、術後照射に化学療法が併用されます。その際、放射線治療と化学療法のどちらを先に行うのか、あるいは同時に行うのかについては、明確な結論が出ていないのが現状です。
ただ、適切な化学療法が行われれば、放射線治療の開始が半年程度遅れても、治療成績にはさほど影響を及ぼさないという考え方が一般的です。そのため、放射線治療と化学療法を併用する場合、まず化学療法を行ってから放射線治療を行うケースが多いようです。
この2つの治療を同時に行う場合には、副作用のリスクが高くなります。とりわけ、アントラサイクリン系の抗がん剤との併用には注意が必要になります。
アントラサイクリン系の抗がん剤は、乳がんのほかにも、白血病やリンパ腫、子宮がん、卵巣がん、肺がんなど、多くのがん種の治療に用いられています。その副作用で最も重いのが心毒性です。
なお、がんが乳房温存手術の対象よりも大きな場合があります。その際には、術前照射の代わりに化学療法が行われることもあります。
治療成績に関しては、乳房温存手術だけで放射線治療を行わない場合の再発率が18~35%ですが、放射線治療を併用した場合は3~11%に低下します。この数字は乳房全摘と同等の成績で、10年生存率も90%程度です。さらに言えば、乳房全摘手術後の放射線治療は、術後照射を行わない場合に比べて再発率を3分の1ほどに低下させるとの報告があります。
乳がんに対する放射線治療の主な副作用は、急性期では放射線皮膚炎が最も多いです。そのうち90%以上が軽度なもので、ステロイド剤の軟膏や炎症部の冷却で治ります。
また、急性期には放射線肺炎もよく見られますが、その大部分が検査で肺炎とわかるだけで、実際に咳などの症状が出るのは稀です。
ただし、稀に治療から数カ月が過ぎてから咳などが見られることがあります。このような場合は、重症化しやすいので注意が必要です。その他の晩期の副作用としては、照射部位の色素沈着・発汗低下などが挙げられます。
補正した線量分布
補正をしていない線量分布
唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。