第8回 がんの放射線治療の副作用とその対策
~放射線治療を安心して受けるために・その②~
放射線が持ち合わせる電離作用を駆使して悪性腫瘍を制御する放射線治療は、同時に正常細胞にもダメージを与え、さまざまな有害反応(副作用)を引き起こすことがあります。それでも、現在の放射線治療は、がん病巣への的確な照射が可能になり、放射線障害が確実に減少しています。したがって、放射線治療を始める前から、必要以上にその副作用を心配する必要はありません。
しかしながら、放射線治療についての正しい知識を持ち合わせ、治療後に発症する重い副作用を認識しておかなければ、大事な症状を見逃してしまいがちです。定期的な診察で早期発見に努めるとともに、いざというときの対処法を心得ておくことが、放射線治療を受けるうえでの得策だと言えます。
そのような趣旨で連載している8回目は、前回同様に放射線治療を安心して受けるために、治療前・治療中・治療後における知っておきたい知識をご紹介します。ぜひ、副作用対策にも役立てていただきたいと思います。
同じ部位に再び放射線を照射できないケースは多い
まずは「同じ箇所に、後から再度、放射線を照射することができるのか否か」で迷っている患者さんへのアドバイスです。
結論から言えば、正常組織への障害を防ぐため、基本的には同じ部位への照射は1度しかできません。放射線治療ではがん細胞に大きなダメージを与えることができますが、同時にその周辺の正常細胞にも何らかの影響が及びます。臓器ごとに決められた線量以上の放射線が照射されると、正常細胞も傷つき、放射線による副作用が出てきてしまうのです。
正常細胞が受けた放射線の影響は、歳月を経てもその大部分が残ります。ですから、その部位に再度、照射すると放射線の蓄積によって、正常細胞が耐えられる線量を超えることもしばしば起こってしまうのです。そのため、同じ部位に再び放射線を照射できないケースが多いのです。ただし、前回の治療で照射した放射線の量が少なかったり、がん種によってはもう1度治療を受けられるケースがあったりもします。
それに対し、治療部位が前回と異なる場合は、放射線の蓄積による心配は皆無だと言えるでしょう。臓器の機能が保たれる限り、必要に応じて放射線治療を受けることが可能です。
いずれにしても、「再度、放射線治療を受けることができるのか」ということは、前回の治療部位と同じなのか、それとも異なるのかによって判断されることになります。
治療中の入浴は「ぬるめ」と「短時間」で
放射線治療をしているさなかに、お風呂や温泉、サウナに入ったり、岩盤浴をしたりすることはできるのか?――このような疑問は、放射線治療を受けている患者さんであれば、当然、お持ちのことでしょう。
入浴は体を清潔に保つだけでなく、精神状態をリラックスさせてくれます。ですから、原則としては患者さんにお勧めできます。ただし、注意すべき点もあります。
放射線治療中の副作用は皮膚炎などの炎症反応が中心です。したがって、放射線治療を受けているときは、熱いお湯や刺激の強い温泉、サウナなどに入ることは、皮膚炎を強めてしまう恐れがあります。ですから、入浴の際は、湯船の湯温をぬるめにし、短時間で切り上げるようにしましょう。
また、放射線治療による皮膚炎は背中にも出やすいので、背中を温める岩盤浴は基本的にお勧めしていません。放射線治療が終了すれば、通常、数週間で放射線部位の皮膚炎などは治ります。その後の温泉やサウナでの入浴はとくに問題ありません。
運動・スポーツは注意点を守りながら
よく患者さんから「放射線の治療を受けているときに、運動を行ったり、スポーツを楽しんだりすることは問題があるのでしょうか?」という質問を受けることがあります。
放射線治療中は、病と対峙するストレスや通院、正常細胞への放射線の影響などによって疲労感を覚えやすくなっています。適度な運動は体調維持やストレス解消に有効ですが、必要以上に体力を消耗したり、疲れ切ってしまったりすることのないように注意しましょう。あくまでも、患者さんにとっては病気を治すことが先決で、そのための放射線治療です。まずは予定を組んだ治療を休まずに完了させることを最優先してください。
次に運動の度合いについてですが、これは放射線の照射部位によっても異なりますので、担当医に相談してください。一般的には、照射部位に対して刺激となるような運動は控えます。副作用が強まって治療が完了できなかったり、治療後に重い後遺症が残っていたりする可能性があるからです。
たとえば、照射部位の皮膚は、日焼けや機械的な刺激によって荒れやすいので、細心の注意が必要です。乳がんの術後照射などによって腋の下の皮膚が炎症を起こしている間は、極力ゴルフやテニスのような腕を振る運動を控えてください。あるいは、照射部位が頭頸部であれば大声を発するスポーツを避けたり、股間であれば自転車に乗ることを回避したりするほうが得策です。また、治療中は感染に対する抵抗力が低下しているので、寒い場所で運動を続けて風邪をひいたり、無理して傷をつくったりしないように心掛けましょう。
こうして、運動・スポーツに対する注意点を守りながら予定通りの治療を終了させ、しばらくすれば放射線の影響もなくなってきます。その段階で、運動・スポーツを再開すればいいのです。たとえば、15~30分程度の散歩や軽いランニングなどで、適度に体を動かすと気分がよくなり、快眠・快食につながる人も多いようです。
いずれにしても、自分が楽しむことができる程度のエクササイズやスポーツで、病後の体調維持に努めてください。
放射線治療が適さない がん種もある
放射線治療は大部分のがん種に用いることができます。しかし、がん細胞自体が放射線治療に適さない、他の治療法が優先される、がんが広がり放射線治療が適さない、といったケースもあります。
一般的に、筋肉や神経、骨などの非上皮組織にできた「肉腫」と呼ばれる悪性腫瘍、皮膚のメラノーマ(悪性黒色腫)などは放射線治療が効きにくいとされています。また、悪性リンパ腫には放射線治療も有効ですが、腫瘍の広がりを考慮して抗がん剤治療が優先されるケースもあります。
最近では、手術や抗がん剤による治療との組み合わせにより、放射線治療の応用範囲が拡大されつつあります。そのなかで、どれが自分の病態に適しているのかについては担当医と相談してください。そして、納得したうえで最適な治療法を選択してほしいものです。
照射はスケジュールを守り、休まずに続けることが大切
放射線治療は、途中で休んでしまうと効果がなくなってしまうと考えている患者さんも少なくないと思います。結論から述べますと、そのようなことはありません。ただし、治療効果を最大限に引き出すためには、当初の予定どおりに治療を続けることが原則です。
そもそも放射線治療は、正常細胞とがん細胞が放射線によるダメージから回復するまでの時間差を利用した治療法です。したがって、長期にわたり治療法を休止していると、放射線のダメージから先に回復した正常細胞に続いてがん細胞も回復してしまうのです。その結果、せっかく獲得した治療効果が大きく低下してしまいます。加えて、場合によっては生き残ったがん細胞の増殖スピードが加速してしまうこともあるのです。
たとえば、放射線治療を単独で頭頸部がんや食道がん、子宮頸がんなどに対して行う場合、照射の休止が長引くと、再発率が高くなったり、生存率が低下したりすることが知られています。けれども、この場合、抗がん剤を併用していれば、照射を休んでいる影響は少ないとされています。
いずれにしても、放射線治療を開始したからには、照射スケジュールを守って、休まずに続けることが大切です。それでも、やむを得ない理由で治療を休止しなければならない場合は、必ず担当医に相談してください。
治療中でも精神的ケアを受けられる
放射線治療中、がんにともなう不安や悩みなどの心のケアを受けることを希望される患者さんもいらっしゃいます。やはり、がんを告知された患者さんにとって、不安感や恐怖心は付きものです。検査や治療、さらには病状や死に対して抱く不安や恐怖が精神的ストレスとなり、うつ状態に陥ってしまうケースも少なくありません。そのよう方々の精神面を総合的にケアする医学を「精神腫瘍学(サイコオンコロジー)」といいます。
医療チームは、がんの専門家だけでなく、心理学や精神医学、社会学などの領域の専門家と力を合わせ、患者さんの心をケアしてQOL(生活の質)の向上を目指します。たとえば、精神的負担でストレスが蓄積している患者さんには、カウンセリングなど、精神科医や臨床心理士と連携したケアが積極的に進められています。強い不安感や激しい気分の落ち込みがある場合には、必要に応じて抗不安薬や抗うつ薬が処方されることがあるのです。また、同じがんと闘っている患者さん同士が、ふれあいの機会を持つグループ療法などが行われることもあります。これは、治療による副作用や後遺症について、その悩みや対処法などを話し合う情報交換の場としても活用されます。同様の機能を持つ場としては、自助グループや患者会も挙げられます。
不安感やうつ状態が長引いたり、それが日常生活に支障をきたしたりするときは、医師や看護師に遠慮なく相談することをお勧めします。
ペースメーカーを装着している場合の留意点
放射線治療を受ける希望をされている患者さんのなかには、心臓のペースメーカーを装着している方もいらっしゃるでしょう。ペースメーカーは、放射線(X線)照射によって誤作動を起こすなどの影響を受けることがあります。これまでにも、設定プログラムの変化や電気刺激の一時停止などの不具合の発生が報告されています。それでも、実際の放射線治療では、ペースメーカーへの影響を可能な限り小さくするように照射方法が調整されます。心臓や全身状態の観察などに留意すれば実施できることが多く、放射線の照射部位とペースメーカーの植え込み位置が十分に離れていれば、ほとんど問題はありません。
しかし、ペースメーカーの種類や照射部位によっては、やむを得ず植え込み位置を変えなければならない場合もあります。そのようなときは、患者さんの状態に応じて適切な対策が立てられます。いずれにしても、ペースメーカーを装着して放射線治療を受ける場合は、必ずそのことを担当医に報告してから治療を受けてください。
唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。