第1回 がんの放射線治療の副作用とその対策
放射線治療の副作用とは?
放射線療法は、がん細胞を攻撃して死滅させます。と同時に、正常な細胞にもダメージを与え、その結果、さまざまな有害反応(副作用)が現れることがあります。
そもそも、放射線による照射は、細胞のDNA(遺伝子)を切断・破壊しますが、細胞分裂が活発な細胞ほど、その影響を受けやすい性質があります。がん細胞は正常細胞よりも分裂・増殖が盛んなため、その分、放射線の攻撃を受けやすいということなのです。
ただし、活発に分裂・増殖するのは、がん細胞だけとは限りません。正常細胞でも、造血組織である骨髄、皮膚、口腔粘膜、消化管粘膜、毛根などは分裂が盛んで、がん細胞と同様に放射線の影響で傷つきやすいのです。造血細胞が損傷して十分に分裂・増殖できなくなると、赤血球、白血球、血小板などがつくられなくなり、貧血や感染、出血などが起こりやすくなります。また、傷ついた正常細胞が皮膚や毛根であれば皮膚炎や脱毛、口腔粘膜なら口内炎、消化管粘膜なら吐き気や下痢といった症状が副作用として現れます。
放射線治療による副作用は、照射部位・線量・範囲によって異なります。さらに、全身の健康状態なども影響し、副作用の現れ方には個人差が生じます。また、化学療法との併用によっても副作用の程度が違います。一般的に、抗がん剤を併用すると放射線の副作用が強く現れ、しかもそれが長く続くことがあるのです。
治療後に発生する重い副作用がある
副作用は、現れる時期によって大きく2つに分けられます。1つは「急性放射線障害」と呼ばれる照射期間中に起こる急性の副作用で、もう1つは「晩期放射線障害」と呼ばれる、放射線治療が終わって半年以降に毛髪が抜けるような副作用です。一般的に患者さんが心配するのが急性の副作用で、皮膚が赤味を帯びたり、吐き気、嘔吐、頭痛、めまい、下痢などが起こったりします。ただし、これらの副作用は、抗がん剤によるものと異なり、基本的に照射した場所だけに起こります。もちろん、急性の副作用に注意は必要ですが、照射の初期に起こる症状自体は一過性のもので、さほど心配することはありません。というのも、どれほど辛い症状でも命に別条はなく、治療が終了して2~3週間もすれば治ってしまうからです。
それに対し、患者さんは晩期の副作用には無関心の方が多いようです。しかし、注意が必要なのは、治療が終了してからも徐々に進行が進んでいく晩期の副作用のほうなのです。
放射線療法は、照射部位によって症状はさまざまです。たとえば、胸部に照射すれば肺炎の症状が続き、腹部や骨盤部に照射すれば下血や血尿が止まらなかったりします。これらの症状は放射線照射によって組織が線維化したり、血管の狭窄や閉塞のために血流障害が起きた組織に潰瘍などが生じたりすることが原因で起こります。なかには、数年が経過してから発生する障害もあり、ときに難治性で、回復が困難なこともあります。
もっとも、がん病巣に狙いを定めて正確に放射線を照射することが可能になった現在、急性・晩期を問わず、放射線障害は劇的に減少していますので、治療を始める前から心配し過ぎる必要はありません。それでも、治療後に発症する重い副作用があることを認識していないと、大事な症状を見逃してしまいがちです。放射線治療の副作用については、正しい知識を持ち、定期的な診察で早期発見に努めるとともに、いざというときの対処法を心得ておくといいでしょう。
全身性の副作用
放射線治療においては、たとえ副作用が起きても、それに患者さんが十分耐えることができ、かつ効果的にがん細胞を破壊できるような照射線量が用いられています。それでも、稀に予想以上に重い副作用が起きてしまうことがあり、緊急治療が必要になることがあります。そのため治療期間中は、放射線腫瘍医を含めた医療チームが万全の態勢でフォローにあたります。
放射線治療の副作用には、先述の晩期放射線障害のように、半年以上過ぎなければ自覚症状が現れないものもあります。ですから、治療終了後も、血液検査や尿検査の他に各種の画像検査などを行い、異常の早期発見に努めます。通常、治療後は、重症化しやすい晩期の副作用が起きていないか否かを調べるために5年間の定期的な通院を求められます。
また、放射線治療を始めてから間もない時期に、倦怠感・疲労感を覚えたり、眠い・食欲不振・吐き気・頭痛・めまいなどの症状が現れたりすることがあります。これらの副作用は、乗り物酔いや二日酔い、つわりなどの症状に似ていることから「放射線宿酔(しゅくすい)」と呼ばれています。
放射線宿酔は、体内に放射線という異物が取り込まれたことによって起こる一種のアレルギー反応だと考えられています。通常、放射線治療を開始してから数日の間に現れますが、早い人では治療の初日から症状を訴える場合もあります。ただし、現れたとしても一時的なもので、その多くは治療が終わると1~2週間で消失しますし、なかには照射期間中に治ってしまうケースもあります。
放射線宿酔の確かな予防法はありませんが、休養や食事の工夫などで症状を軽減することが可能です。したがって、疲労感を覚えたらその都度、休養をとることが大切です。加えて、治療中は嘔吐などの影響で食欲が低下して栄養バランスが崩れがちですので、1回の食事量を減らし、回数を増やすほうがいいでしょう。
また、骨髄が放射線を照射されると造血機能が抑制され、多かれ少なかれ白血球が減少します。白血球が減少すると細菌やウイルスなどに感染しやすくなります。さらに、気道や消化管にいて健康時には無害な常在菌にも病原性が生じるほか、すでに感染症がある場合は悪化することがあります。少しでも感染の兆候(感染部位の腫れ・痛み、発熱、悪寒)がある場合は、すぐに医師の診察を受けることをお勧めします。
放射線治療に伴う骨髄抑制は血小板減少も引き起こします。その結果、出血が起こりやすく、止血しにくくなります。ですから、治療中は自分の血小板数を知るとともに、出血予防を心がけましょう。同様に貧血の症状が現れることもあります。しかし、それは一過性のもので、治療が終われば、やがて元に戻るはずです。
照射部位別の副作用
放射線治療の照射による副作用は、部位別によって異なります。その主なものを取り上げてみます。
脳腫瘍の治療などで頭部に放射線照射を受けると、脳が浮腫んだように腫れ、頭痛・吐き気・嘔吐・痙攣などの症状が現れることがあります。症状の程度は照射する線量や範囲にもよりますが、一般に軽いことが多く、一過性のものなので心配はいりません。頭部に放射線が照射されると、髪の毛が抜けることがあります。ただし、放射線治療の場合は、放射線がかかった範囲にしか脱毛は起こりません。脱毛は一時的なもので、極端に大量の放射線照射を受けない限り、永久脱毛となることはありません。
胃や十二指腸の粘膜に炎症が発生した場合は、軽症では胃の不快感や違和感程度ですが、炎症が進むと上腹部の痛み、吐き気、嘔吐などが起こります。また、照射線量が多い場合、治療後半年から1年後に消化管に潰瘍ができ、消化管出血が起こることもあります。
高線量の照射による肝臓の損傷が大きくなると、倦怠感・黄疸・食欲不振・吐き気・嘔吐などの症状が起こりますので、十分な安静と栄養バランスの良い食事、禁酒が大切です。
また、下腹部や骨盤への放射線照射の副作用は下痢です。これは腸管の粘膜炎によって水分吸収が低下するために起こります。この下痢は一過性のものですが、晩期障害としては、腸管の狭窄・癒着による腸閉塞のほか、潰瘍ができて下血が起きたり、腸管に孔があいたりすることもあります。この場合、内科的治療で狭窄や出血を改善できないときは、早期の開腹手術が必要になってきます。
いずれにしても、これらの症状がひどい場合は主治医に相談し、適切な処置を受けてください。
唐澤 克之(からさわ・かつゆき)
1959年東京生まれ。東京大学医学部卒業後。1986年スイス国立核物理研究所客員研究員。1989年東京大学医学部放射線医学教室助手。1993年社会保険中央総合病院放射線科医長。1994年東京都立駒込病院放射線科医長となり、2005年より現職。専門は放射線腫瘍学。特に呼吸器がん、消化器がん、泌尿器がん。日本放射線腫瘍学会理事、日本頭頸部腫瘍学会評議員、日本ハイパーサーミア学会評議員。近著に『がんの放射線治療がよくわかる本』(主婦と生活社)などがある。